妊娠と薬物治療
妊娠中の関節リウマチ患者さんの薬物治療においては、ベースラインリスクについて正しい知識を持っていただくことが重要です。薬剤選択にあたってはリスクベネフィットを考慮し、患者さんの意見を聞きながら、同意を得たうえで行うことが勧められます。
妊娠と関節リウマチ治療
関節リウマチ患者さんの多くは、「妊娠中に薬を使うと、胎児に影響があるのではないか」と考えるのではないでしょうか。そこで、患者さんには「ベースラインリスク」※について説明し、「先天異常は妊娠中の薬剤使用と関係なくおこりうるもの」ということを理解いただくことが重要です。また、妊娠中の疾患活動性は妊娠転帰や胎児への影響が懸念されることから、適切な薬剤使用による疾患コントロールが求められます。妊娠時期によっても薬剤から受ける影響は異なりますので、患者さんの意見を聞きながら、同意を得たうえで、薬剤の選択を行うことが勧められます。
周産期における薬剤の使用に関しては、EULARから妊娠前、妊娠期、授乳期に処方する上での包括的原則が示されています(表)1)。
表 抗リウマチ薬を妊娠前、妊娠期、授乳期に処方する上での包括的原則(EULAR)
Reproduced from Ann Rheum Dis, Götestam Skorpen C, et al., 75(5), 795-810, 2016, with permission from BMJ Publishing Group Ltd.
※ベースラインリスクとは2)
- 薬剤の有無にかかわらず自然流産の発生率は15%前後、外科治療を要する奇形の自然発生率は3%前後である。
- 外科治療を要しない小さな奇形や精神発達障害を含めるとさらに多い。
- 自然流産は年齢とともに増加する。
- 先天奇形の半数以上は原因不明で、染色体異常や遺伝子突然変異、環境要因などがそれぞれ5~10%、薬剤に関連したものは1%程度とする報告もある。
妊娠中の薬剤使用
妊娠中の薬剤選択にあたっては、妊娠の時期によってリスクを「催奇形性」と「胎児毒性」に分けて考えます(図)2)。
図 妊娠経過と薬の影響
村島温子: 周産期医学 2020; 50(増刊号): 2-5.より作成
- ・妊娠~4週ごろまで:All or noneの時期
- 影響が大きければ流産、小さければ修復。形態異常の可能性はないと考えられている
- ・妊娠4~11週*ごろ:催奇形性に注意しなければならない時期
- 骨格や器官ができる時期
- *10~11週は小さい形態異常の可能性
- ・妊娠12週以降:胎児毒性に注意しなければならない時期
- 胎盤を移行する低分子化合物やIgG製剤は高濃度で移行する
妊娠中の高疾患活動性は、子宮内発育不全や妊娠合併症のリスクとなることから、疾患活動性を抑えることが重要です。『関節リウマチ診療ガイドライン2020』では、WoCBAに対する抗リウマチ薬の使用について提案されています3)。また、『全身性エリテマトーデス(SLE)、関節リウマチ(RA)、若年性特発性関節炎(JIA)や炎症性腸疾患(IBD)罹患女性患者の妊娠、出産を考えた治療指針』では、妊娠中の薬剤に関して禁忌であるものと、安全性が示されているものについて言及されています4)。
授乳中の薬剤使用
産後は母体に投与された薬剤の一部が乳汁中に分泌され、児が母乳を経口摂取することで生じる薬物曝露が問題となります。授乳にはさまざまなメリットが期待される一方、産後関節症状が悪化する懸念もあることから、薬剤を用いた治療と授乳のリスクベネフィットを考える必要があります。
リウマチ性疾患に用いる薬剤の多くは、乳汁中への移行が少ないことが知られています。特に、分子量の大きな生物学的製剤は、乳児消化管からの吸収率も非常に低いことから、授乳中の使用は容認できると考えられますが、使用にあたっては各製剤の電子添文等をご参照ください。
『関節リウマチ診療ガイドライン2020』では、産後の女性に対する抗リウマチ薬の使用について提案されています3)。また、『全身性エリテマトーデス(SLE)、関節リウマチ(RA)、若年性特発性関節炎(JIA)や炎症性腸疾患(IBD)罹患女性患者の妊娠、出産を考えた治療指針』では、薬剤使用中の授乳に関する推奨度が示されています4)。さらに、妊娠と薬情報センター内「授乳と薬について知りたい方へ」では、『授乳中に安全に使用できると考えられる薬』も紹介されています5)。
- 1)Götestam Skorpen C et al.: Ann Rheum Dis. 2016; 75(5): 795-810.
- 2)村島温子: 周産期医学 2020; 50(増刊号): 2-5.
- 3)日本リウマチ学会編. 関節リウマチ診療ガイドライン2020. p199, 診断と治療社, 2021
- 4)厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患等政策研究事業(難治性疾患政策研究事業): 「関節リウマチ(RA)や炎症性腸疾患(IBD)罹患女性患者の妊娠、出産を考えた治療指針の作成」 研究班: 全身性エリテマトーデス(SLE)、関節リウマチ(RA)、若年性特発性関節炎(JIA)や炎症性腸疾患(IBD)罹患女性患者の妊娠、出産を考えた治療指針, 平成30年(2018年)3月 https://ra-ibd-sle-pregnancy.org/data/sisin201803.pdf
- 5)厚生労働省事業 妊娠と薬情報センター: 「授乳と薬について知りたい方へ」 授乳と薬に関する情報
https://www.ncchd.go.jp/kusuri/lactation/index.html
JP-N-CZ-RA-2100127